赤ちゃんと一日中一緒にいるのに、ひとりぼっちだった。
誰よりも近くに命があるのに、大人と話していない。
赤ちゃんは本当にかわいかった。その気持ちに嘘はありません。
でも、幸せであることと、孤独ではないことは同じではなかったんです。
声を出していたのに、会話をした感じがしない
赤ちゃんには何度も話しかけていました。
おむつ替えようね。お腹すいたね。眠いのかな。
一日中声を出していたはずなのに、大人と会話をした感じがしない。
夫と話し始めても、赤ちゃんに呼ばれて途中で立ち上がる。戻った時には、何を話していたか忘れている。
自分の言葉まで置いていかれる感じがして、寂しかった。
みんなと同じ部屋にいても、会話の外にいた
家族が集まって食事をしている時、授乳のために一人で席を外す。
別の部屋で授乳して、戻った時にはみんな食べ終わっている。さっきまでの話題も終わっている。
冷めたご飯を、一人で食べる。
誰かに責められたわけではありません。
でも、赤ちゃんのために動いている自分だけが、いつも会話の途中で抜ける人になった気がしました。
外食でも、自分だけ食べた気がしなかった
みんなは好きに注文して、温かいうちに食べている。
こっちは子どもの分を取り分けて、冷まして、食べこぼしに気をつける。気づいたら、自分は一品、二品しか食べていない。
残り物でもいいからと思ったら、それすら残っていない時もありました。
お腹が満たされないだけじゃない。
自分の分を気にしてくれる人がいないように感じて、ぽつんと取り残された気持ちになりました。
「幸せなのに」と思うほど、孤独を言いにくかった
「赤ちゃん、かわいいね」
そう言われると、必ず「うん、かわいいよ」と答えていました。
その後に、「でも、しんどい」「今日も誰とも話していない」と続けるのは難しかった。
幸せなはずなのに。望んで母親になったのに。赤ちゃんはこんなにかわいいのに。
そう思うほど、寂しいと言うことに罪悪感がありました。
ほしかったのは、大きな解決ではなかった
長い一人時間や、特別なお出かけだけが必要だったわけではありません。
温かいうちに食べられるように、少しだけ赤ちゃんを見てもらう。
今日あったことを、途中で答えを出さずに聞いてもらう。
「今日もおつかれさま」と言ってもらう。
自分も家族の中にいると感じられる、小さな気づかいがほしかったんだと思います。
幸せと孤独は、同時にあっていい
赤ちゃんといるのに孤独。
矛盾しているように見えるけれど、どちらも本当の気持ちです。
かわいいと思いながら、しんどくてもいい。幸せを感じながら、寂しいと言ってもいい。
あの頃に言えなかったことを、今なら少しずつ言葉にできます。
私だけじゃなかったと分かるだけで、あの孤独の見え方も少し変わる気がします。

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